2025年4月に新社長が就任し、新たな経営体制となった大林グループ。
今回の社長交代プロセスや、推薦委員会と報酬委員会の運営状況などを各委員会委員長を迎え対話しました

取締役会長 兼 取締役会議長 大林 剛郎 (写真中央)

推薦委員会委員長 社外取締役 折井 ​雅子 (写真左)

報酬委員会委員長 社外取締役 加藤 ​広之 (写真右)

 

取締役会の運営について注力していること

大林 まずは、社外取締役の皆さんが綿密に事前準備をされ、各事業に関する専門性の高い議題についてもよく理解されていることに感謝したいと思います。会議資料は読み込む時間を考慮したスケジュールで取締役会メンバーに配付しており、また執行側から事前に全議案の説明を丁寧に行っています。私も取締役として「少しわかりにくいかもしれない」と感じる点はあらかじめ伝えるようにしています。当日の会議でも、必要に応じて議案の担当者や事務局が適宜補足してくれるため、全体としてわかりやすい議論になっているのではないかと思いますが、社外取締役の皆さんから「この部分がわかりにくい」と率直な指摘をいただくことも多く、その都度、補足説明を加えるようにしています。担当者が「これは皆知っているだろう」と前提を置いてしまうと、説明が不十分になることがありますので、その点には注意を払うようにしています。

 

折井 議長である大林さんがそれぞれの発言を尊重しながら丁寧に議事を進行させていくので、社外取締役として、どの議案に対しても意見を述べやすい雰囲気がありますね。「この時間までに決議しなければ」という無言の圧力があると議論を尽くせない可能性がありますが、大林組の取締役会の進行にはそうした圧迫感がありません。素朴な質問も含めて、率直に発言できる機会が多く、しっかりと受け止められていると感じます。

 

大林 そのような意見はありがたいことですし、私も「そういう視点があるのか」「こういうところに疑問を持たれるのか」と学ぶことが多いです。これは私だけでなく、執行側にとっても同様だと思います。取締役会の質をより一層高めていくために、どのような進め方が最適かを日々試行錯誤しながら、少しでも良くなるよう努めているところです。

 

報酬委員会の運営について

加藤 企業価値の持続的な向上において、最も重要なファクターは「人」であると考えています。企業価値は根源的には「人」によって創出されるものであり、その観点から、人材に対するインセンティブやモチベーションの源となる報酬制度は極めて重要な要素です。報酬委員会では、そうした考えに基づき、企業価値向上に資する報酬制度の構築に取り組んでいます。さらに、制度設計においては透明性・客観性の確保を重視しています。また、近年は人材の流動性が高まっており、優秀な人材の確保や定着(リテンション)に対応できる報酬制度が不可欠です。こうした認識の下、2024年度も多角的に議論を重ねました。大林グループは経済的価値だけでなく、社会の公器としての社会的価値を追い求める必要があります。そのため、現在の報酬制度のKPIには、ROEやEPS、TSRといった財務価値や株主価値に関する指標だけでなく、CO2排出削減率をはじめとした非財務価値に関するESG指標を取り入れています。ESGをKPIに設定することで、社員一人ひとりが日々の業務の中で社会への貢献を意識することができるようになります。これらの仕組みによって、最終的には大林組全体の企業価値向上につながると信じて、制度設計しています。
また、制度は整備するだけでは不十分であり、そこに“魂を入れる” 視点が欠かせないと考えています。例えば、取り組みから収益の実現までに時間を要する建設事業では前任者の判断が後任者の業績に影響するようなケースも少なくないため、単年の業績計画の達成状況のみで評価するのではなく、その年にどれだけ努力し、どのような貢献をしたかを丁寧に評価していく必要があります。

 

大林 ​2024年度の報酬委員会では、社長交代の議論と併せて、前社長の蓮輪さんが就任した「副会長」について議論しました。

 

折井 「副会長」という大林組にない機能を新たに設置するにあたっては、経営トップの退任後の処遇に関する事項であることを踏まえ、大林組での役割、社会的意義、経営のガバナンスの確保といった観点から推薦委員会でその位置付けを整理し、報酬委員会においても適切な報酬設計が行われるように議論を尽くしました。

 

推薦委員会の運営について

折井 推薦委員会は重要な機能として、役員人事に関する審議を行い、その結果を取締役会に上程する責務を負っています。特に、社長指名に関わる領域は、大林グループの中長期的な成長戦略に直結する非常に重要なテーマであり、その重みを自覚しながら委員会運営に取り組んでいます。私自身、大林グループは社会に対して本質的な価値を提供できる企業であると確信していますし、その価値を持続的に高め続けてほしいと考えています。そうした想いをベースに、社外取締役として、株主の視点に加え、社会や社員からの信頼という観点も重視し、客観的な立場から審議に臨むよう心がけています。
委員会構成の面では、社外役員が過半数を占めており、また委員長を社外役員が務めています。ガバナンスが効く構成と言えますが、形式だけでなく、実質的にも高いガバナンス水準を備えてきたと考えます。特にこの数年、大林グループ全体としてガバナンス向上に強い意志を持って取り組んできたことによって、各委員の意識も高く、委員会における議論の質も年々向上していると感じます。
議論においては各委員が率直に意見を出し合えるようなファシリテーションを意識していますが、実際に昨年の議論では、ある意見が出ると、それに対して補足や異なる視点からの意見が自然と加わり、委員間で発言の偏りもなく、建設的な議論が展開されました。結果として、論点が明解になり、意思決定の軸も明確になったと思います。こうした風土は推薦委員会に限らず、取締役会全体に共通するものと認識しています。

 

大林 後継者育成や報酬体系といった議論が委員会で活発に行われるようになったのはここ数年のことであり、本格的に議論できる土壌が整ってきていると感じています。

 

折井 そうですね。最初から理想像が明確にあったというより、議論を重ねる中で「このテーマにはガバナンスの視点を加えるべきだ」といった共通認識が醸成されていったように思います。まさに、今も進行中の取り組みです。

 

大林 ​5~6年前まではまだほとんど仕組みがなかったわけですし、10年前を振り返ればなおさらです。当社の昨今の前進は、非常に大きなものと捉えています。これまでの準備を踏まえ、引き続き折井さんや加藤さんに手腕を発揮いただきながら、より良いガバナンスに向けた取り組みが進んでいくと期待しています。

 

推薦委員会と報酬委員会の連携について

加藤 役員の指名領域と報酬領域は密接に関係しており、どちらか一方のみで議論できるものではなく、まず役職の在り方や評価を推薦委員会で議論し、それに基づいて報酬制度の設計を検討する必要があります。報酬委員会の委員長である私は推薦委員会の委員を務めており、推薦委員会の委員長である折井さんは報酬委員会の委員を兼ねており、委員長同士が互いの委員会にも所属するという構造が、委員会間の連携を自然に促していると感じます。

 

折井 そのとおりです。委員会同士の連携は進んでいる一方で、取締役会との連携にはまだ改善の余地があり、情報の橋渡しをさらに進めていく必要があると思います。

社長交代における選任プロセスについて

折井 社長交代のプロセスについては、前推薦委員長の期間に、選任基準や後継者育成計画などのルールが整備されており、確立したそのルールに則ることで透明性と客観性を持って進めることができました。具体的には、社長が後継候補者を選定し育成するプロセスにおいて、推薦委員会がその状況を定期的に確認・評価することとしており、その過程において、候補者の入れ替えや、重視すべき視点の再検討といった議論が随時行われ、いわば “動的なサクセッションプラン” が実践されました。
今回の選任は、ルール化された育成計画に基づきながらも、単なる後継候補者の個人比較ではなく、次期社長に求められる役割や期待される資質から逆算して絞り込みが行われました。特に、現在の中期経営計画および中長期の成長戦略の推進といった経営課題を踏まえ、「グループ」「グローバル」「資本政策」「サステナビリティ対応」といった観点が議論の軸となり、これらをリードできる人材として佐藤氏が最適であると結論付けられました。

 

加藤 「グループ」「グローバル」は私が前職(三井物産株式会社)でも使っていた言葉ですが、まさに今の大林組にとって重要な視点です。もちろん、国内建設事業は大林組の中核であり続けるものの、今後の経営環境を踏まえると、海外建設事業や開発事業、グリーンエネルギー事業などの非建設領域の成長が不可欠です。そのような中、どのようにガバナンスを確保し会社を成長させるかを考えた時、佐藤氏が最も適しているとの認識で全員一致しました。

 

大林 私も基本的に同じ見解です。会社のリーダーの選定において、社長をはじめとする経営者の資質はもちろん重要ですが、それと同時に、「その時代における社会や企業の状況が誰を必要とするか」という“環境の要請” もまた、大きな要素だと考えています。佐藤さんの社長就任後、すでに次の後継者育成や将来の経営人材育成についても議論が始まっています。現時点で大林組にとって最も課題となっているのは、グローバルな経営感覚を持つ人材の不足です。特に、経営会議や取締役会レベルでそうした感覚を共有できるリーダー層をどう育成していくかが、今後の大きなテーマになります。当社では海外事業の比率がすでに3分の1を占め、さらにその比重を増やしていく戦略を掲げる中、経営層がグローバルな事業環境を肌感覚で理解できることが求められています。必ずしも全員が国際的な業務経験者である必要はありませんが、そうした感覚を備えた人材を意識的に育てていく必要があると強く感じています。

新社長の人物像について

折井 ​新社長の佐藤氏については、取締役会での発言や説明を通じて日頃から接する機会があり、非常に信頼感のある方だと感じています。豊富な知識と誠実な姿勢は、多様なステークホルダーから信頼されるのではないでしょうか。社外取締役としても、安心感を持って接することができる人物だと思います。

 

加藤 先入観にとらわれることのない非常にフラットな人柄で、他者の意見をよく聞き、それを自らの考えへと昇華できるタイプのリーダーです。現在のように変化の激しい環境下においては、そうした柔軟性と傾聴力を備えたリーダーシップが求められていると感じており、まさに現代的な経営者像を体現している人物だと思います。また、思い込みのない方なので、周囲が非常に意見を述べやすい雰囲気があります。今後は、より積極的な発信力も期待しています。

今後の後継候補者となる執行役員とのコミュニケーション機会について

折井 例えば、すでに取締役に就任されており、日頃から接する機会の多い方であれば自然と人物を理解することができますが、一方で、接点が限られるほかの後継候補者との情報格差が課題となります。そのため、大林さんや前社長の蓮輪さんと相談し、社外取締役と候補者となり得る執行役員の皆さんとの交流機会を意識的に設けていただきました。取締役会をはじめとした公式の場だけでなく、執行役員会議後の懇親会などの非公式の場も含めて自然な対話が生まれるような環境を整えることができました。こうした場を通じて、候補者の思考や人となりに直接触れることができたことは、選任判断の上で非常に有意義であり、今後も継続的に行っていただきたい取り組みです。

 

大林 組織の拡大を踏まえ、今年から私と新任の執行役員が1on1で面談する機会を設けました。直接会話を交わすことで、その人の考え方や人柄に触れられる良い機会になっています。この面談は、私自身の学びにもなりますし、社外取締役から質問を受けた時に適切に回答できるようにするという意味でも重要です。新任の執行役員からも好評と聞いており、面談の場ではリラックスして話される方が多く、良い空気感が生み出されていると感じています。

 

折井 こうした面談は、経営陣と業務執行メンバーの距離感を縮めるだけでなく、組織文化の醸成にも寄与すると思います。創業の精神をつなぐ存在である会長と直接対話することは、若手社員や新任の執行役員にとって大林組の理念や文化への理解を一段深める機会となり、意欲も高めているのではないでしょうか。

さらなる成長に向けたガバナンスの課題と展望について

折井 ​大林グループはここ数年で着実にガバナンスを前進させてきましたが、その歩みを止めずに、次のフェーズに移行していくことが重要です。近年の社会・経済環境の激変や、企業社会全体で発生している不祥事などを背景に、企業に対する信頼の土台として、人的資本や企業文化への注目が一層高まっています。私は組織風土の醸成や経営理念の浸透に関わってきた立場から、経営トップから現場の社員までが「ともに健全な成長を支える」意識を共有することが不可欠だと考えています。大林組には「三箴―良く、廉く、速い」という創業以来受け継がれてきた精神に代表される文化的基盤があり、それらを核にガバナンスをグループ全体に浸透させていくことが今後の課題であり、また強みになると考えています。特に、海外M&Aの進展に伴い、新たに加わる企業とどう理念や文化を共有し、「大林グループの一員」として一体感を高めていくかは、グローバルガバナンスの中核課題でもあります。

加藤 大林組の基盤である国内建設事業は、今後も中核として収益性と質を両立させながら維持・発展させていく必要がありますが、国内外の子会社を含むガバナンスの強化、とりわけグローバル領域におけるマネジメント力の確保が今後の成長のカギになると考えています。海外事業におけるグリップ力を維持・強化していくには、それを担える人材の育成が欠かせません。これは執行側の仕事でもありますが、私としては「人の大林」という言葉を改めて重く受け止めています。人材の育成と配置が成長の制約にも推進力にもなるため、人的資本への投資が今後の拡大と持続的な競争力のカギになると確信しています。

 

折井 多様性という観点でも、2024年度の大林組初の女性執行役員の亀田さんの登用は大きな一歩となりました。ある懇親会で、亀田さんから「取締役会に女性が複数いるから大林組に興味を持った」と言われたことが印象的でした。執行部門において、さらに、新卒入社・キャリア入社を問わず、女性の登用が自然なかたちで進んでいくことを期待しています。経営層にも多様性の重要度に対する理解は深まっており、それをいかに実現につなげていくかが問われています。同質性のリスクが語られる現代において、ダイバーシティは競争力の源泉でもあります。女性登用はその第一歩として、引き続き後押ししていきたいと思います。

大林 当社グループの売上の約3分の1は海外事業が占めており、今やグローバル企業へと進化しつつあります。特に、M&Aで加わった企業は、それぞれ異なる文化・歴史を持っています。そのような中で、個々の自主性を尊重しながらも、「大林らしさ」や基本的な価値観、そしてガバナンスの考え方をどのように共有し、維持していくかが大きな課題です。現在の業績を将来につなげていくには、株主還元・人的資本投資・成長投資といった資本配分の最適化に加え、それを支える戦略的ガバナンスの構築が必要です。例えば、誰をリーダーに据えるか、どのような報酬体系で支えるかといった制度設計は、成長戦略そのものと直結しています。役員推薦・報酬の制度とガバナンス、そして成長戦略は、今や一体のものであるという認識が不可欠です。今後は、グループ全体で統一感のあるガバナンス体制を築き上げていくとともに、グローバルな経営を理解し、推進できる人材をいかに育てていくかが大きなテーマになると考えています。

2025年8月