企業価値のさらなる向上に向け、
基本戦略の3つの柱を着実に進めていきます
代表取締役社長 兼 CEO
東京駅前八重洲一丁目東B地区第一種市街地再開発事業建設工事において、2023年9月に重大事故を引き起こしたことを深くお詫び申し上げます。
この事故によって尊い人命が失われ、一命をとりとめた方も重傷を負うなど、工事に従事される方々の安全を守れなかったことは悔恨の極みであり、この責任を真摯に受け止め、引き続きご遺族の皆さまと被災者およびそのご家族に対して誠心誠意ご対応させていただく所存です。
「安全を最優先とした施工の徹底」を大林組の最重要課題として、私自身が陣頭指揮を執り、二度とこのような重大事故を繰り返さぬよう、当工事のみならずすべての建設現場において、再発防止と安全対策強化に取り組んでまいります。
約3年に及んだコロナ禍が収束し、社会全体に急速に人やモノの流れが戻ってきました。こうした社会・経済活動の正常化に伴い、民間の設備投資も回復しています。
政府は30年も続いたデフレ脱却の好機として過去最大規模の設備投資の促進や民間企業の持続的な賃上げの実現に向けた総合経済対策を実施しています。このような変革が社会全体で進展することは建設業界にとってもポジティブな影響と言えます。
一方で、解決の兆しが見えないウクライナ情勢や中東での紛争、台湾をめぐる米中対立など、地政学的リスクが影響し、エネルギー価格や原材料価格の高騰が続いており、建設に必要な資機材の調達コストや輸送コストにはネガティブな影響を与えました。
建設の事業環境としては、大都市圏の大規模再開発事業が引き続き計画されており、また、企業のデジタル化の推進によるデータセンターの建設需要の増加や、先に述べた地政学的リスクのため工場などの設備投資の国内回帰も鮮明となっており、繁忙な状況が続くことが予想されます。
2024年度から建設業にも適用開始となった改正労働基準法の時間外労働上限規制への対応はもちろんのこと、新たな技術開発やDXの推進による生産性の向上、サプライチェーンの拡充による生産力の確保が喫緊の課題です。
これらの社会・事業環境の変化を企業価値向上の好機とするとともに、事業に関わるすべての人の安全を確保することは、当社グループの社会的使命です。
冒頭で述べましたとおり、安全はほかの何よりも優先するものであり、私自身、いかなる理由があろうと「安全に妥協は許されない」との覚悟を持ち当社グループ社員ともども日々の業務に取り組んでいます。
業績面では、2023年度の当社グループの連結売上高は建築・土木ともに工事が順調に進捗したことから、2兆3,251億円(前年度比17. 2%増)と、2 兆円を大きく上回りました。
一方、中期経営計画2022(以下、中計)において1,000億円をボトムラインとした連結営業利益は793億円となり、残念ながら2年連続で未達となりました。
しかしながら、国内建築事業において底堅い需要が続く中、採算性を重視した受注戦略や建設資材価格の転嫁が浸透したことなどにより、2023年度の利益は計画を上回り、業績は想定していたより早く回復局面を迎えたとみています。
大変な繁忙が続く中、安全はもとより品質の確保にも細心の注意を払いながら、建設現場をはじめとした当社グループの全事業の最前線で日々努力しているグループ社員や、そのサプライチェーンを支えていただいている多くの協力会社の皆さまに対して、経営者として感謝の念に堪えません。
現在、当社グループでは、2026年度を最終年度とする中計において、「事業基盤の強化と変革の実践」に取り組んでいます。
「建設事業の基盤の強化と深化」「技術とビジネスのイノベーション」「持続的成長のための事業ポートフォリオの拡充」 の3つを基本戦略とする本計画を通じて、安定的に利益を創出できる事業基盤を構築することで収益性の向上を目指しています。
一つ目の「建設事業の基盤の強化と深化」では、安全と品質の確保が経営の最優先事項であることを改めて認識し、当社グループにとどまらず、サプライチェーンを含む建設事業に携わるすべての人とともに徹底していきます。加えて、生産性の向上と、営業力と付加価値提供力の強化を推し進め、建設バリューチェーンを強化し、建設サービス領域の拡大に取り組んでいます。
二つ目の「技術とビジネスのイノベーション」では、カーボンニュートラル領域とウェルビーイング領域でビジネス機会を見いだし、新たな顧客提供価値の創出を図っています。
三つ目の「持続的成長のための事業ポートフォリオの拡充」として進めているのが、国内建設事業、海外建設事業、開発事業、グリーンエネルギー事業、新領域ビジネスの5 事業への経営資源の投入と、資本効率を重視した経営、リスクマネジメントの強化です。
さらに、人材や組織の強化、DXや技術などへの注力を通じて経営基盤を強化していくことで、企業価値の持続的拡大の道筋を確かなものとしていきます。
中計では、投下資本利益率(ROIC)を経営指標目標に採用し、「中期的に5%以上とする」ことを掲げ、資本効率性を重視する経営に取り組んでまいりましたが、さらなる企業価値向上と持続的成長に向け、資本効率性をより一層重視した経営が求められており、この1年、取締役会や取締役座談会において議論を進めてきました。その内容がまとまったことから、2024年3月、当社グループはまず中計で掲げた資本政策の一部見直しを公表しました。
今回の見直しは、中計の基本方針である「事業基盤の強化と変革の実践」を継続し、生産力強化などに必要な投資を行い、ROICの向上に取り組むことを前提としてさらなる企業価値向上と持続的成長に向けて、資本効率性をより一層重視した経営を加速する必要があるとの判断に基づくものです。
具体的には、建設事業および関連する当社グループ各事業の資本構成を検討した上で、必要な自己資本を1兆円と設定し、収益性の向上を実現すると同時に戦略的な資本政策を行うことで、従来のROIC5%の目標に加えて、中計最終年度の2026年度には「ROE(自己資本当期純利益率)10%達成」を目指すことといたしました。
資本政策の一部見直し公表後の株価の動きが堅調に推移したことから、今回の当社グループの新たな資本政策は、資本市場から一定の評価が得られたものと認識しています。
今後は本政策に基づき、持続的な利益成長と戦略的な株主還元の実現に向けて取り組んでまいります。
さらに、2024年5月には、「大林グループ中期経営計画2022『事業基盤の強化と変革の実践』」について、
- 「建設事業の基盤強化への取り組み」の継続と徹底
- 経営指標目標の一部見直し
- 持続的成長に向けた「変革実践への取り組み」
を追補することといたしました。
これは、生産性の向上や新技術によるコストダウンに注力するとともに採算性を重視した受注戦略に一定の成果が上がってきたこと、社会全体で適正な価格転嫁への動きが進んでいることなどを踏まえ、現時点で想定される業績見通しに基づき、中計の経営指標目標やキャッシュアロケーションなどを一部見直しすることが適切と判断したことによるものです。
当社グループは、2019年に策定した長期ビジョン「Obayashi Sustainability Vision 2050」において、地球のサステナビリティの実現には、地球環境に「社会」と「人」を加えた、これらの調和が必要不可欠であると考え、「地球・社会・人」のサステナビリティが実現された状態を2050年の「あるべき姿」と定義しました。
そして当社グループがこの「あるべき姿」を実現するための2040~ 2050年の3つの目標として「脱炭素」「価値ある空間・サービスの提供」「サステナブル・サプライチェーンの共創」を掲げています。
私は、2050年にはカーボンニュートラルが実現された自然環境と調和した社会になっていることは間違いないと考えています。
そのような社会実現には、ZEB(※1)などのカーボンニュートラルに寄与する建築物やインフラを建設・供給するだけでなく、サプライチェーンと協働し施工時に加えて資機材の調達・製造や、輸送時の脱炭素化に率先して取り組むことが使命と捉えています。
そして、これらが実現された姿こそが、当社グループを含む建設業の未来です。
「あるべき姿」の実現に向けては、当社グループの企業価値の向上が不可欠であり、その中で事業規模の拡大も必要であると考えています。
中計を推進しながら、将来の事業規模と、そこに至る戦略や、どのような経営を心掛けるべきかといったことに常に想いをめぐらせています。
企業の将来像や夢を描き、熱意を持ってその夢を社員に伝えること、そしてすべての社員がその夢に共感して、当社グループに対する確固たる期待を抱いてもらうことが、経営者として、また当社グループのリーダーとして重要なことだと考えています。
持続可能な社会の実現に貢献することを目指す当社グループが、ESGの視点から重要課題として特定したのが6つのマテリアリティ(ESG重要課題)です。マテリアリティは中計にも組み込んでおり、これらを着実に推進することで、当社グループの中長期的な成長と持続可能な社会の実現につながると考えています。
ここでは、マテリアリティとして掲げる「責任あるサプライチェーンマネジメントの推進」「人材の確保と育成」を例にご説明します。
社会では物流業に深く関わる問題として、改正労働基準法の時間外労働上限規制の適用によって生じる「2024年問題」が多く論じられていますが、「2024年問題」は建設業界においても解決すべき重要な課題として捉えられています。
一義的には、働き方として時間外労働や休日労働の抑制を徹底していくというものですが、当社グループでは従前より、個々人がワーク・ライフ・バランスを重視し、家族や友人との時間、自分の趣味の時間をしっかり確保して、その結果として改正労働基準法が定める労働時間内に収めるよう指導してきました。
つまり、行政からの要請を受けて「2024年問題」への対応を徹底していくというより、むしろワーク・ライフ・バランスの確保を組織としていかに実現していくかという点が、当社グループにとっては重要な課題なのです。
国・社会の要請に応じつつ、働きがいを感じられる労働環境で、社員、そして事業パートナーの方々には、より豊かな時間、生活、人生を送っていただきたいと考えています。
当社グループの企業価値向上の原動力は紛れもなく「人」です。
中計に掲げる経営基盤戦略においても、人材マネジメント戦略として働きがい改革に取り組んでいます。
前述したワーク・ライフ・バランスへの想いとも重なりますが、私生活はもとより、上司や同僚、部下との関係性の中で仕事に楽しさが感じられることも大切です。
適切なワーク・ライフ・バランスが確保され、職場の人間関係が良好でなければ人材は育ちません。上司が部下を支配するのではなく、個々のジョブの中にある課題にどう対峙し、解決に導くか、経験知の異なる者同士が協力し合っていく関係性こそが望ましく、このような関係性が醸成されることで、組織も強くなっていくのだと考えます。
だからこそ、職場でのハラスメントは許されません。
組織が大きくなればなるほど、少数派の持つ意見が尊重されにくくなりがちですが、一人ひとりに自律的な行動を促す上では、個を尊重するという考え方を持つことが極めて重要です。
多様な人材が生き生きと活躍し、組織が活性化し企業価値の向上を実現するダイバーシティ&インクルージョンを推進して社員のウェルビーイングを実現することは、社会全体で解決していくべき課題でもあり、当社グループの社員や協力会社の皆さまに限らず、社会課題の解決という視点を持って取り組むことが重要です。
もちろん一朝一夕で進められるものではありませんが、一人ひとりが意識を変えて取り組むべきことだと考えています。こうした考え方は、私たちがブランドビジョンとして掲げる「MAKE BEYOND つくるを拓く」という言葉にも通じます。
モノをつくることに加え、「構想力」「実現力」「人間力」を持って、自分の力で何かをつくり上げていくことの大切さをこのブランドビジョンに込めています。
DXは、当社グループの事業活動、さらには建設業界全体が大きく変わっていくための重要なキーワードです。当社グループでは中計の中でDX戦略を掲げ、事業基盤の強化と変革の実践に向けたDXに取り組んでいます。
具体的には、BPR(※2)のほか、BIM/CIM(※3)といった3 次元の電子データを活用する建設生産・管理システムの導入など、事業領域と管理領域の双方からDXに取り組んでいます。
2022年には、デジタル変革を牽引する組織として「DX 本部」を新設し、経営戦略に即したデジタル戦略の立案から推進・管理までを担っています。
当社グループのDX戦略は、2050年のあるべき姿からバックキャストして立案しており、情報セキュリティの強化や業務プロセスの変革による既存事業の強化にとどまらず、新規事業の展開やビジネスモデルの変革も視野に入れたものとなっています。
このDX戦略の推進が、中長期的には当社グループの利益向上やポートフォリオの拡充に貢献するものと考えています。
当社グループでは「DX」という言葉が一般に使われていなかった時代においても、常に最先端の技術を導入しながら、事業活動や管理業務に変革をもたらし続けてきました。
優れたデジタルツールも、それを扱う人が十分に使いこなせなければ意味がありません。新たな道を切り拓くデジタル人材を育てていくとともに、社員誰もがうまく使いこなせるようなツールにしていくことが重要だと思います。
当社グループにとっての最重要課題は、事業活動における安全の確保です。
社員やその家族が健康に過ごせることも重要で、健康を保ちながら、安全に業務を遂行するためには何が必要かという点について、さらに突き詰めて考えていく必要があります。
安全に関する課題を解決した上で重要なことが、品質・生産性の向上です。
2024年度は、「事業基盤の強化と変革の実践」をテーマとする中計の折り返し地点であり、経営指標目標として掲げる連結営業利益1,000億円の達成に向けて、収益力の向上を具体的に推進することはもちろん、適切なワーク・ライフ・バランスを確保するためにも、業務の生産性の見える化を進め、生産性の向上を図る必要があります。このことは常日頃から、グループの全社員、協力会社とともに取り組んでいます。
具体的な成果につなげていくには、単なる言葉の伝達や精神論だけでは不十分で、自らが感じ取り、課題を発見できることが重要です。
また、社員一人ひとりが日々の業務において至らない原因を突き止めるだけでなく、その背景にある既成概念や組織風土を理解した上で、変革を促していくことも重要です。
こうした努力を通じて職場での意識改革が進み、具体的な成果につなげていくことが、私自身の大きなチャレンジであり、ミッションです。
そして、資本政策について、当社グループとして明確な方針を打ち出すことができたことは、当社グループの経営にとっても、またステークホルダーの皆さまに対しても意義深いこととして捉えています。
今後は、成長戦略や事業ポートフォリオの強化に向けた考え方、ESG・SDGsへの取り組み状況について、ステークホルダーの皆さまへこれまで以上に積極的に情報を提供し対話を継続することで、当社グループの価値創造ストーリーを共有してまいります。
企業価値のさらなる向上に向け、3つの基本戦略を着実に進めていく当社グループに、どうぞご期待ください。
※1 ZEB( Net Zero Energy Building)
快適な室内環境を実現しながら、 建物で消費する年間の一次エネルギー収支をゼロにすることを目指した建物
※2 BPR(Business Process Re-engineering)
業務本来の目的に向け既存の組織や制度を見直し、プロセスの視点で業務フローなどをデザインし直すこと
※3 BIM/CIM(Building/Construction Information Modeling, Management )
計画・調査・設計段階から3次元モデルを導⼊することにより、⼀ 連の建設⽣産・管理システムの効率化・⾼度化を図ること